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スクールカースト 内向的な人へ

スクールカーストなんてくだらないと思っている人を全力で応援する記事

スクールカーストとは学校内で決まる序列のようなものです。

運動が得意だったり、愛想がよくて人と楽しくコミュニケーションが取れる人がクラスの中心に。

一方で内気な人や人と接するのが苦手な人、運動が苦手だったり何らかのコンプレックスを抱えている人にとっては、クラス内で居心地の悪さを感じる人も少なくないのではないでしょうか。

親や教師やマスコミは「心を開いて友達の輪に入るのが正しい」なんて言うかもしれませんが、誰ににも彼にも心なんて開けるわけがありません。

スクールカーストなんてくだらない! なければいいのに、どうしてあるの?

当記事はそのような切実な思いを抱く人に対して、少しでも寄り添って全力で応援できればと思い、書きました。

親御さん用の記事は以下にまとめてあります。

本記事は、現在進行形でスクールカースト当事者のために書いたものです。

友達に囲まれて楽しそうに学校生活を送ることだけが全てではありません。

カウンセラーでもない漫画描きの経験や見聞を元にした対策記事であるので、すべての人の心に届くとは思っておりません。

所詮ネットの記事に過ぎません。けれども、本気で書きました。

ほんのわずかでも読んだ方の将来への道を切り開く一助になればと思います。

スクールカーストがなくならない理由

なぜクラス内で序列や身分差別のようなことが起こってしまうのか?

2つの外的要因があり、この両方とも私たちにはどうすることもできません。

 

1つ目の理由は教師たちによる生徒の選別です。

クラスの特徴が偏らないように、生徒たちの個性に合わせて人員を分配します。

・活発な生徒○人

・運動が得意な生徒○人

・真面目で控えめな生徒○人

・運動が苦手な生徒○人

合唱コンクールもあるのでピアノが弾ける生徒も各クラスに配置します。

 

教師たちには身分制度を助長する意図なんて1ミリもないでしょう。

クラスごとの偏りをなくし、指導しやすい均一な集団を作る。

しかしこれが結果的にスクールカーストという薄っぺらな身分制度につながります。

 

ここからが理由の2つ目です。

 

ヒトはどこかで相手を値踏みをしたり、それにより優越感や劣等感を抱く習性を持っています。

人間ではなく、カタカナでヒトと書きました。

動物としてのヒトの習性です。

かなり強力な習性で、よほどの事がない限り学校教育では矯正できません。

両親からの影響も根強いでしょう。

零乃瀬 知里
陽キャはチヤホヤされる文化があるよね
八十島 小夜子
明治時代は寡黙な人が尊敬されたらしいけど
零乃瀬 知里
100年前の話をしてどうすんの?

確かにスクールカーストはくだらない、どうしようもないものです。

しかし現状を変えることは厳しいという事です。

 

この前提をスタート地点として対策を練りましょう。

“スクールカーストの仕組み”に気づいた方なら視野も広げやすいかと思います。

状況を変えるには、まず視点と価値観を変えること

スクールカースト下位で悔しい思いをしている。

自分はもっとイケてるはずなのに、他者から評価されない。

クラスの中で人に話しかけられなかったり、孤立していて辛い。

いつも“ぼっち”なので寂しい。

 

これらの感情は、学級という枠の中に自分を当てはめて考えているから起こり得ることです。

そして見下されたり軽んじられて悔しいのは、ある程度自意識が強いからではないでしょうか。

なお、いじめについては以下の記事にまとめています。

スクールカーストを嫌だと感じたらまず、視点を学校の外に向けた方が良いでしょう。

彼らとは一切「関係ない」と思いを定めてしまう。

たまたま同じ電車に乗り合わせた同世代の男女…程度に思えば良いのではないでしょうか。

卒業という終点に至ったら、別の電車に乗り換えればいいわけです。

具体的に言えば、地元から離れて進学や就職してしまえば済む話です。

実際、そこからが人生の本当のスタートですし、勝負どころは学生時代になんかありません。

 

将来たとえ地元に帰って来たとしても、よほどの限界集落でもない限り遭遇率は低いです。

というか、都会に進学・就職したりして帰ってくる頃になると同級生の顔や名前なんてきれいさっぱり忘れるものです。

同窓会に出なくても困ることなんて何ひとつありません。

facebookは親しくもない無神経な同級生から友達申請が来たり煩わしいので、そういうのが嫌な人は一切やらない方が良いでしょう。

スクールカーストから解放されるために

方法は大きく分けて2つあります。

①自意識とプライドを捨てること。

②学校の人間関係以外に居場所を見つけること。

 

①自意識やプライドを捨てれば、対人関係は格段に楽になるのは確かです。

十念 絵馬
自意識やプライドがなければ、そもそもカーストで苦しいなんて意識しないでしょうし

社会人になると、高い自意識を持つ者は必ずどこかでプライドをへし折られる場面に遭遇します。

九重 直行
学生だから自意識過剰でいられる部分はあるかも知れない
八十島 小夜子
でも、現実に苦しんでいる人はどうすればいいの?

現実には自分が思ってるほど、他人は自分1人の事なんて大して気にしていません。

もっと他の人、その時目についた人、ふと思いついたあなた以外の誰かの事で頭がいっぱいです。

九重 直行
人間の脳がここまで大きくなったのは、周囲の人の目を気にするを考えるためだと言われているな

なので、他人の目を気にしないで生きたり、プライドを捨てるのは実際とても難易度が高いもの。

他人の考えを変えるのもまず不可能です。

「無理ゲー」と言っても良いでしょう。

零乃瀬 知里
世間の基準だけで自他を評価する人は多いもんね
十念 絵馬
"人目を気にしない方が異常だ"という考え方の人すらいます
八十島 小夜子
わたしは「間違えたくないから人と比べてしまうタイプ」で、そんな自分が嫌だなと思ってる
弐重 ねん
むずかしいですね…

では、もっと簡単な方法はないのか?

そこで②の学校の人間関係以外に居場所を作るをオススメします。

 

読者の方より、ひとつの事例を紹介していただき、とても参考になったので取り上げさせていただきます。

 

web漫画家で実業家のやしろあずき氏の動画『#週刊やしろあずき シーズン2 第6話』

ロックバンドBase Ball Bear(ベース ボール ベアー)のボーカル・ギター小出 祐介(こいで ゆうすけ)氏をゲストに迎えた回で、以下のようなやりとりをしています。

BuzzFeed Japanのツイッターアカウントに貼られた短縮版の動画を引用させていただきます。

この動画の中で、小出氏は次のように言います。

“ぼっち”でも、好きを追及する時間はあると思う。学校から出た先に認めてくれる人はいる

前掲の動画より引用: 小出 祐介氏

ですが、プロのバンドマンとして成功した小出氏だから言えることで、好きなことをやっても認められないケースが大多数じゃないかという意見もあるかと思います。

 

私は好きなマンガを続けてきましたが、正直あんまり人から認められることはありませんでした。

お世辞にもまだ成功には程遠い状態です。

ですが"好き"を通じて得た充実感は果てしなく大きいことは実感しています。

 

この先どのような運命が待ち受けているとしても、私の人生は幸福だったと断言できます。

売れてなくても、そこまで思えてしまうくらいの“打ち込める何か”に出会えたのは最高です。

 

スクールカースト底辺も経験しましたが、その呪縛からも解き放たれることもできました。

詳細は以下の記事の中にまとめてあります。

たとえ成功していなくとも“好き”を追求するだけで景色が変わるのは事実です。

何者かを目指すのは厳しいことも多いですが、人間関係の渦の中でおぼれてしまうよりはずっと良いと確信しています。

 

もっとも、人には向き不向きがあります。

世の中のすべての人が“好き”を追求しても、幸せになれるとは限らないでしょう。

どうにもならないほど承認欲求が強かったりすれば、理想と現実の差に打ちひしがられるかも知れません。

零乃瀬 知里
好きなことと承認欲求では話が別になっちゃうけどさ

プロになること=成功とは限らないし、生きていくために必要な収入を得られるとも限りません。

思うような評価が得られないと、"好き"だったことが嫌になってしまうこともあるかも知れません。

 

好きなことがないという人もいるでしょう。

でも、リラックスできる瞬間はあるはずです。

たとえば“睡眠”が好きなら、とことんまでこだわってみることをオススメします。

寝具やストレッチ、アロマオイルなど、快適な睡眠のために必要と思われることを全力でやってみると、案外好きなことが広がるものです。

くだらないと思えるものでも、突き詰めると意外な道は開けてくるものです。

 

とりあえずは、学校の人間関係以外で少しでも興味を持つことを見つけて「学生時代」をやり過ごすこともひとつの方法です。

何度も言いますが、勝負はその先にあります。

※追記・プロになること以外にも自分の"好き"が他人から一目置かれる機会はたくさんある

好きなことを仕事にするという選択肢の他にも、"好き"を活かす機会はたくさんあります。

世代的な問題もあり、私にはどうしても好きなこと=プロになるという固定観念がついて回っていたのですが、読者さまよりいただいたメールで気づかされる部分があったので、引用させていただきつつ、追記します。

最初からプロを目指すことを念頭に置くと、高評価・称賛のハードルが格段に上がってしまいますが、趣味の範囲であれば、時間はかかるかもしれないけど良い反応をもらうことはそこまで難しくはないんじゃないかな?と思っています。

これは読者さまよりいただいたご感想の中で述べられていたものですが、現代では"好き"なことを通じて、これだけの機会と選択肢が広がります。

例えば、

・今はSNSが定着しているので趣味アカウントを作り、同じ"好き"を認め合い共有できるような仲間を見つける。

・同人誌イベントに著書を出してみたり、個展を開催する。

・オフ会やミーティングに参加し、好きなものへの"想い"を周りに打ち明けてみる。

・YouTubeや投稿サイトで制作した作品を発表する。

引用元:読者さまの感想より

もちろんネットだけではなく、編み物や自作のグッズなどをフリーマーケットに出品するという方法もあるでしょう。

私の友人もマイ織機の自作ストールを売っていたりします。

"好き"を通じて得られる人間関係は、学校で出会ったそれとは比べ物にならないほどの充実感を与えてくれるでしょう。

今の時代においては、"好き"を追い続けたり学校外で認められるのは、もはやごく限られた人(プロ)だけの特権ではなくなり、趣味でやっている人にもそれらができるような"場所"がいくつもあるので、どうか希望を捨てず、広い視野で自分の"好き"を発信する人が一人でも増えてほしい、と心のなかで強く願っています。

引用元:前掲の読者さまの感想より

私が思いついたままにブログを書いているだけでも、読者の方から素晴らしいご意見をいただき、視野が広がったり、成長するキッカケを得られました。

"好き"を追求するだけで、こんなふうに世界が広がっていく。

私が書いた記事に感想をいただき、それをフィードバックして追記することができる。

リアルタイムで体感できたことを、ありのままに追記させていただきました。

ブログに限らず、SNSを通じても私たちは見ず知らずの人たちと心を通わせ、新しい価値観や視野に気づかされる。

その"核"となるのは、やはり"好き"なことやモノなのではないかと思います。

八十島 小夜子
改めてすごい時代になったものね
九重 直行
ネットがない頃は個人の情報発信が極めて限られていたからな
零乃瀬 知里
炎上なんかのリスクはあるけど、それを含めての勉強だよね
十念 絵馬
実際、僕なんか副アカがいつも燃えてますからね
零乃瀬 知里
だいたい想像つくわ

"好き"を深くしていく過程で、別のものに興味が行く場合だってあるでしょう。

そうして枝葉を広げるように興味や"好き"を広げていけば、「好きなことを通じてさまざまな知識や教養を蓄え、人間性を磨くこと」にもつながります。

結果として豊かな人生を過ごせる可能性は広がっていきます。

もはや学生時代にスクールカーストなどというものが存在していたことも忘れてしまうくらい、充実した現在を生きられるのではないでしょうか。

まとめ

以上、スクールカーストはくだらないと思っている方に対して、全力で応援する記事を書いてみました。

スクールカーストとは要するにクラス内という限定された中での人間関係なので、いっぺんそこから降りてみるのも楽になるコツです。

降りる、というと言葉が良くないかもしれませんので視点を変えるでも良いでしょう。

 

社会やマスコミなどでは「人間関係に勝るものなし」「人脈が大事」などと洗脳めいたことがよく言われます。

確かに一面は事実でしょうが、人間関係や人脈を目的にしてしまうと、見失うものも多いと思わざるを得ません。

そんなものに気を取られて鬱屈として生きるならば、いっそのこと手放して"好き"に生きる方が精神的にはずっと負担が少ないのではないでしょうか。

結果として、人脈や人間関係にも恵まれるような気がします。

とにかく、どんな些細なこと、くだらないことでも学校外に楽しみを見出すことが大切ではないでしょうか。

零乃瀬 知里
だからって悪い交友関係に浸るのはNGだから
八十島 小夜子
わたしも気をつけなきゃ
弐重 ねん
最後まで読んでいただき、ありがとうございました

 

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