名作と呼ばれるマンガやアニメには魅力的な悪役が登場する場合が多いでしょう。
悪役の魅力といえば、外見的なカッコ良さももちろんあるでしょう。
けれども主人公側には決して言わせることができない「作者あるいは世間の本音」をぶちまける依り代としての側面もあります。
「ドロドロした負の感情をキャラに言わせる」
「迷いのない破壊行動」
「現代文明の否定」
「社会の建前やキレイごとに対する否定」
「欲望や本能の全肯定」
もちろん主人公の行動原理に対するアンチテーゼとして展開される悪役のキャラではあります。
しかし人間の欲求をストレートに体現した姿に、憧れる人も決して少なくないとは思います。
特に中学生くらいになって通ぶったり斜に構えてきたりすると、悪役に感情移入するファンは少なくありません。
80年代~20年にかけて登場した伝説的なマンガ・アニメ作品に登場した悪役キャラで代表的なものを取り上げ、その魅力を語ります。
また、記事の性質上取り上げた作品のネタバレも含みますのでご了承ください。
一応ストーリーの核心部分には触れないように心がけていますが『ドラゴンボール』『ジョジョの奇妙な冒険』『鋼の錬金術師』に関してはネタバレしているのでご注意を。
悪役キャラを4タイプに分類してみる
悪役キャラのタイプと言っても、大ざっぱに4つのタイプに分けられるかと思います。
①主人公と価値観や利害関係の対立するライバル※・代表例・ベジータ『ドラゴンボール』、シャア・アズナブル『機動戦士ガンダム』『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN』
※基本的にはスポーツマンガやバトルマンガ、料理マンガのライバル全般が含まれるでしょう。
②権力者・野心家タイプ・代表例 須郷伸之(妖精王オベイロン)『ソードアートオンライン』兵藤和尊『賭博黙示録カイジ』ラオウ『北斗の拳』
③無法者タイプ・ばいきんまん『アンパンマン』ヒソカ・モロウ『HUNTER×HUNTER』浦上『寄生獣』
④世直し系or世界リセット型・代表例 矢神月『デスノート』 獅子王 司『Dr.STONE』シャア・アズナブル※『機動戦士ガンダム・逆襲のシャア』
シャアが別タイプとして登場していますが、元ネタをご存じの方には「この分類自体の方向性も含めて」分かっていただけるかと。
この他にも、動機などに応じて様々なパターンが存在しており、能力もキャラによってまちまちです。
悪役だからと言って強いとは限らないのも面白いところです。
『フランダースの犬』のハンスなどに代表される小物キャラも、時として主人公たちを追い詰めてしまいます。
魅力的な悪役キャラをサックリと紹介
誰が魅力的な悪役として真っ先に思い浮かんだのかは世代によっても違いかと思います。
進撃の面白い点は敵役の巨人たちがあまりにも異様な姿をしているので、悪役顔のキャラクターでも人類として全く違和感がなく頼もしく見えるところでしょうか。
個人的には『ヘルシング』の少佐なども未だにネット上でネタにされるくらい濃いキャラをしていますね。
あとは『寄生獣』の田宮玲子。
彼女を悪役とするのは何か気が引けますが、マンガ史上でも有数な哲学系知性派キャラで母親でもある非常に特異なキャラクターではないでしょうか。
人間を食料としか見ていなかった彼女=寄生生物が思索し、自己の存在意義を模索するように人体実験を繰り返す。
その結果母親となり、導き出した答えに私は泣いてしまいました。
どこまで行っても同じかもしれない……
歩くのをやめてみるならそれもいい……
すべての終りが告げられても…「ああ そうか」と思うだけだ
しかし…
それでも今日また1つ……疑問の答えが出た……
講談社刊『寄生獣』完全版6 岩明均・著より引用
岩明均氏の作品には『七夕の国』丸神 頼之など、グロテスクでありながら耽美とロマンを感じる悪役が際立っています。
アレクサンダー大王の時代を描いた『ヒストリエ』に関しては、歴史叙事詩なので悪役と呼べるキャラはいません。
DIOは名前だけで読者が呼べる
一般的には『ジョジョの奇妙な冒険』のDIOがよく知られるところではないでしょうか。
2020年代初頭の現在にも語り継がれる名悪役です。
DIOといえば「悪のカリスマ」であり不老不死の吸血鬼でもあり、ほんの数秒ですが「時間を止める」能力も持っています。
その魅力を一言で言うならば二律背反性と言えるのではないでしょうか。
ロンドンのスラム街出身のアルコール中毒者ダリオ・ブランドーの息子として生まれたディオは容姿端麗で悪逆非道。
普段は何に語とも冷静に振る舞い、目的のためなら手段は選ばない冷徹な考え方をする一方、
自信家で優位な局面では相手を侮る傾向があります。
普段は上品で優雅な物腰ですが、一方で思い通りに行かないと感情を爆発させたり、下品な言葉で相手を口汚く相手を罵ったりもする。
これらが全く矛盾せずにディオというキャラのアンビバレントな魅力として成立しています。
不幸な境遇でありながらも、同情は求めずに自分自身は悪だと自覚している悪役で、作者によれば読者が少し憧れる面も持った『共感できる悪』だとか。
作中でほぼ100年間、表裏に渡って主人公を苦しめ続けたマンガ史上でも有数の敵役です。
現実世界でも35年に渡ってJOJOナンバーワン悪役を担っているところの面目躍如たるゆえんでしょう。
鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)の登場時のカッコ良さ
名前のインパクトも外見もカッコいいのですが、特筆すべきは浅草でのシーンです。
『鬼滅の刃』における敵役・鬼舞辻無惨の登場シーン。
初回から主人公炭次郎の家族の命をことごとく奪い、妹の禰豆子を鬼にした元凶として語られています。
しかしその初登場シーンは殺伐さとは縁もゆかりもない大正時代の浅草の雑踏の中に突如として現れる涼やかな若い紳士姿として現れます。
しかも妻子持ち。
それでありながら公然と無関係な人の命を奪い、人を鬼に変えて追ってきた炭次郎の注意をそらす。
さらに逃げ延びた先で酔っ払いとの些細なやりとりで逆上して過剰なまでに生命を侮辱する。
初登場のシーンでここまで相反する要素を盛り込んだ悪役はマンガ史上でも類も見ないのではないかと思います。
鬼舞辻無惨のその後の変わりよう、気まぐれさ、残忍さ等を見ても「つかみどころのない不気味さ」を縦横に発揮しています。
あまり詳細に触れるとネタバレになりますのでこの辺で控えておこうと思います。
ドラゴンボールの名悪役たちは全員目的が違う!
『ドラゴンボール』(以下DB)は、サラッと読んで楽しい少年マンガの王道。
しかし鳥山明氏の性格にもよるのか、登場する悪役たちの動機や目的が見事にバラバラで悪役に注目すると一層面白く感じます。
悟空が少年時代の敵レッドリボン軍の目的は「世界征服」ですが、レッド総帥がドラゴンボールで叶えたい願いは極めて個人的なものでした。
世界最悪の軍隊のトップの望みは「身長を伸ばしてもらう事」
初代ピッコロ大魔王の登場により、それまでのギャグテイストから一転シリアスなバトル展開を見せます。
「悪が栄える世界」を作ろうとしたピッコロ大魔王。
彼が世界の王に即位した5月9日は「ピッコロ記念日」として意に沿わない町を全滅させようとするなど、やりたい放題でした。
フリーザ一味は条件の良さそうな惑星から人類を一掃して異星人に高く売りつける「宇宙の地上げ屋」的な存在として知られています。
当時はバブル時代だったので、リアルタイムな「悪の形」だったのでしょう。
この辺りからDBの戦闘力のインフレ化は進み、果ては宇宙にまで進出するようになりました。
「ジャンプ黄金時代」とも言われ95年の「3・4合併号」で空前の653万部を達成する最大の原動力でした。
続くセル編では旧レッドリボン軍を一人で壊滅させた孫悟空を倒すために作られた人造人間たちが物語の基盤です。
未来からやって来た青年トランクスと、過去からの亡霊のようなドクター・ゲロと人造人間セル。
タイムマシンを効果的に使ったストーリー構成は巧みでした。
続く魔神ブウ編は割愛するとしても、スケジュールの厳しい週間連載でよくもバリエーションに富んだ悪役を描いたものだと改めて鳥山氏の凄さを思い知らされます。
幅広い悪役を描いた『ONE PIECE』年々エグくなる悪党描写
『ONE PIECE』もまた王道の少年マンガと言われています。
この作品にも魅力的な悪役は多数登場しています。
中でも人気なのは元王下七武海のクロコダイルやドフラミンゴあたりでしょうか。
個人的にはラスボス候補(?)である黒ひげの成り上がりと逆主人公補正も興味深く思っています。
しかし長期連載と共に悪役の行動原理が年々エグくなっているような気がします。
パンクハザード編の子供たちへの実験エピソードや人口悪魔の実SMAILの由来など、相当えげつない描写でしょう。
ワの国編の将軍 黒炭オロチの臆病さと狡猾さ等、連載当初の雰囲気からは想像もつかない感じになっています。
どうしてそうなったのか?
尾田氏が時代の空気の変化を感じて物語全体のトーンを微調整している様子がうかがえます。
著者も言うように週間連載はライブ感があります。
その時代、その瞬間の時代の空気は意外と作品に影響を与えるものです。
漫画家は基本悪役を描くのが苦手?
これは私の暴論ですが、基本的にマンガ家は「本当に悪い敵役を描くのが苦手」です。
なぜなら自分でキャラクターデザインをして、描いているうちに感情移入してしまうからです。
私も売れはしませんけれどもそこそこ描いているので実感します。
どんなに嫌な奴を描いていても結構愛着がわいてしまうものなんですよね。
同様の事は手塚治虫氏をはじめとした多くの巨匠たちも仰っていることです。
逆に、悪い奴の嫌なところを描いて描いてヘイトをためて主人公が倒したときの爽快感につなげるというやり方もあります。
このやり方は主にジャンプ系の漫画家が得意とするところです。
でも、連載が長くなったりすると悪役なりの背負ったものや境遇が影響して浄化現象が起こるのもよくあることです。
具体的な例とすれば、手塚治虫氏の古典的名作『ブラックジャック』における敵役ドクター・キリコが挙げられます。
当初は死神のようなルックスで安楽死を扱い、ブラックジャックの医療を真っ向から否定して見せます。
しかし連載が進むごとに人間味あふれるキャラクターになっていきそうになります。
手塚氏もそれを百も承知だったのでしょう。
ドクター・キリコの登場する回は知名度ほど多くはありません。
時代は変わっても、この傾向は変わりません。
『Dr.STONE』では、主人公の石神 千空は顔こそ極悪人ですが、マンガ史上でもまれにみる人類の肯定者です。
そしてほとんど悪役が登場しないマンガでもあります。
この手の物語設定=終末マンガの場合『北斗の拳』のように敵キャラ=ヒャッハーになりがちですが『Dr.STONE』は違います。
敵役の獅子王 司も、千空をして「良い奴だから厄介」と称されています。
前世界の大人たち=既得権益を嫌う司の選民思想も「善意」から成り立っています。
テーマが科学を使った文明の再生と人類200万年の歴史大肯定なのも関係しているのかもしれませんけれども。
まとめ
マンガやアニメに登場する魅力的な悪役について語ってみました。
…つもりが、語り切れなかった悪役の多いこと多いこと。
髙橋留美子氏の『犬夜叉』の奈落や殺生丸も語れない有様です。
悪役を描く名手でもある浦沢直樹氏についての言及もできなかったし…。
『MONSTER』のヨハン・リーベルトについても
刃牙シリーズの範馬勇次郎(はんま ゆうじろう)も語り切れませんでした。
『銀河英雄伝説』の地球教徒や『Re:ゼロから始める異世界生活』の魔女教等のアニメや文学作品での危険な宗教団体に関しては別記事を準備しないとと思っています。
今後のリライト作業でより充実させていければと思います。