「市民」「大衆」「庶民」
これらはみな人の「集団」を指す言葉ですが、それぞれニュアンスはまるで違います。
この記事では、主に戦後日本のマスメディアでこれらの言葉がどう使われ、日本人の精神史上どのような意味を付加されていったかを考察しています。
市民とはどのようなニュアンスで使われる言葉か?
コトバンクより引用
し‐みん【市民】
1 市の住民。また、都市の住民。
2 《citizen》近代社会を構成する自立的個人で、政治参加の主体となる者。公民。
3 《〈フランス〉bourgeois》ブルジョアのこと。
出典 小学館
デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
『市民』という言葉のニュアンスとマスメディアでの使われ方
テレビなどのメディアが人々の集団を『市民』と呼ぶとき、政治や社会への関心を持ち、選挙に率先して行くちょっと意識高い人たちといったニュアンスが主に含まれます。
『市民』という言葉につきまとう概念はギリシア時代の民主主義のさきがけとしての「アテネ市民」ではないでしょうか。特に欧米ではその傾向があります。
そしてフランス革命において、「自由」「平等」「博愛」の名のもとに 王制を打破し、近代民主主義の原動力となった 力強い「市民」というイメージが加わります。
これらが一体となって第二次大戦以降(日本では特に戦後民主主義)のマスメディアにおける「市民」の表記とイメージを形作ったと思われます。
これに対し「大衆」という言葉をマスメディアが使うとき、たいていの場合においていい意味では使いません。
大衆とは?
大衆とはどんな意味でしょうか。
1 多くの人。多衆。
2 社会の大部分を占める一般の人々。特に、労働者・農民などの勤労階級。民衆。「大衆の支持を得る」「一般大衆」
3 社会学で、孤立して相互の結びつきを持たず、疎外性・匿名性・被暗示性・無関心などを特徴とする集合的存在をいう。
出典:デジタル大辞泉(小学館)
『大衆』という言葉のニュアンスとマスメディアでの使われ方
「大衆」とは元々は仏教用語でした。大衆(だいしゅ)と読みます。大勢の僧侶を指す言葉でありました。平安時代以降は僧兵を指す言葉にもなりました。
社会学上では社会的関心を持つ「市民」層に対する、匿名性を持った政治的に無責任な集団を指します。
現在のマスメディアで使われる際には、「大衆迎合」「大衆政治」などと、いわゆるポピュリズム政治などの記事に「大衆」という記述がみられることがありますが、頻繁に使われる表現ではありません。
死語になった「大衆」?
なぜ「大衆」のイメージが否定的に取られるようになっていえば、マスコミの影響が大きいと言わざるを得ないでしょう。
特に80年代末のバブル景気以降のトレンディドラマ、90年代の自分探しブームなどの影響で、いわゆる「大衆はダサい」「人とは違った自分がカッコいい」のようなイメージが若年層を中心に刷り込まれたことが原因だと思われます。
庶民とは何か?
しょみん【庶民】
一般の民衆を指す。〈庶〉はもろもろの意で,衆庶,百姓(ひやくせい)も庶民と同義である。庶民は,市民や人民が歴史的規定のもとにみずからが政治性や階級性を意識している存在とは異なる。また,産業社会にあって非組織的な存在としての大衆や,民俗学で用いられる伝統的な生活様式,固有文化を保持する人びとを指す常民common peopleとも異なる。すなわち,〈庶民とは伝統的価値意識のなかに埋没している人びと〉(日高六郎)である。
コトバンクより引用
出典 株式会社平凡社
世界大百科事典 第2版について 情報
庶民という言葉が持つニュアンスには生活に根差した賢さと、人間味を感じさせるものとしてマスメディアでは使われるようです。
筆者の思い込みかも知れませんが、「庶民」という言葉から受ける印象にはどこかおおらかなものがあり、特定のカテゴリーや政治的な要素があまり感じられないと思います。
まとめ
・『市民』とは比較的、経済的に自立した個人からなり、政治や社会問題に高い関心があり、選挙にも率先して行く層を指すちょっと意識の高い言い方。
・マスコミが報道する際は(比較的ではあるが)好意的に扱われるか、特定の政治団体に対し気を使って「市民団体」という言い方をすることもある。
・『庶民』とはそこまで政治に強い関心はなく、ごく当たり前の価値観や一般的な常識を守って生きている層。
・マスコミで使われる際は、主に芸能人や政治家、成功した実業家などに対し、好意的なニュアンスで「意外に庶民的なんですね」という形容をすることが多い。