『鬼滅の刃』(きめつのやいば)は吾峠 呼世晴(ごとうげ こよはる)氏による少年漫画です。
2016年(平成28年)より2020年(令和2年)まで『週刊少年ジャンプ』に連載され、19年にテレビアニメ化されました。
20年のオリコン週間“本”ランキング(集計期間:2020年1月27日~2月2日)では、史上初となる1~10位を独占する快挙を達成しました。
その後もランキング独占は続きます。
単行本の年間売上ランキングでも統計が始まって以来11年連続日本一だった『ONE PIECE』を抑え、『鬼滅の刃』は19年度で日本一売れたマンガ作品となりました。
累計発行部数は単行本22巻の発売時点で1億部を突破しています。
1年で8800万部の伸びは、日本のマンガ史上例のない進捗率です。
第22巻はシリーズのみならず、国内出版史上最高の数字(集英社調べ)過去最多となる初版370万部を達成しました。
さらに20年10月16日に公開された劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』は、公開3日間で観客動員数340万人を達成し、興行収入46億円を達成しました。
コロナ禍で大打撃を受けた映画産業に与えた恩恵は計り知れないものがあると思われます。
しかしながら、これほどの社会現象になっているのにも関わらず、『鬼滅の刃』のヒットの理由や魅力を、私を含めて多くの人が上手く言い表せないという非常に興味深い事例となっています。
『鬼滅の刃』が、ここまで大ヒットした理由について、独自の視点で分析しました。
また、一部でささやかれる「過大評価じゃないか?」という意見の理由も合わせて考察します。
記事中であらすじ程度の軽いネタバレもありますが、物語の核心部分には触れていないつもりです。
『鬼滅の刃』が大ヒットした理由
まず、アニメ版の映像クオリティがズバ抜けていた点が挙げられます。
魅力的なキャラクターの作画はもとより、殺陣の表現のすばらしさ(刀の重さをアニメーションで描写している)
背景の描き込みや、ストーリーのテンポの良さなども原作の良さを最大限に活かす内容でした。
制作したのはユーフォーテーブル有限会社。
『Fate/Zero』(フェイト・ゼロ)などを手掛けたアニメ制作会社です。
全ての表現が絶妙にマッチして得られたアニメの完成度は、社内中心の制作体制の強みを最大限発揮したともいえるのではないでしょうか。
原作者の吾峠呼世晴氏も絶賛しています。
作画、演出、音楽、全てが凄すぎてボロ泣きし、第19話を20回ほど繰り返し視聴しました。仕事中もコソコソ見ていたのですが感動して泣いているのがアシスタントさんにバレないよう頑張りました。一生懸命漫画を描いていて本当に良かったです。
声優さんたちの名演ぶりと主題歌の良さは言うまでもありません。
※20年1月には50万ダウンロードを超えています。
原作のマンガ『鬼滅の刃』が面白いというのは初期の頃からチラホラと聞こえてきました。
しかし連載当初は、これほどの社会現象になると予測できた人は少なかったのではないかと思います。
多くの人が、アニメから入ったという人が多いのではないでしょうか。
しかし、いくらアニメの出来映えが素晴らしかったとはいえ、原作が短期間で爆発的に売れるとは限らないものです。
たとえば『けいおん!』はアニメで大ブレイクしましたが、原作のマンガまでもが社会現象になったわけではありません。
両者を比較するのは少し乱暴な気もしますが、『鬼滅の刃』原作の持つ力と時代性がなければ、短期間で4000万部という部数を売り上げることは不可能だったのではないでしょうか。
なぜ鬼滅がそこまで受けたのか、原作の魅力を掘り下げていきます。
ジャンプらしくない? 『鬼滅の刃』の面白さのポイントは"共感"と"感情移入のしやすさ"
『鬼滅の刃』を語る上でしばしば挙げられるのが「ジャンプらしくない」という意見です。
物語の簡単なあらすじをカンタンにまとめると以下のようなものになります。
心優しき主人公・竈門 炭治郎(かまど たんじろう)の家族は人食い鬼に襲われ、妹の禰豆子(ねずこ)だけが鬼化して生き残る。
鬼を討ち、妹を人間に戻すために炭治郎は鬼殺隊と呼ばれる組織に身を寄せ、仲間たちと切磋琢磨しながら成長していく…
ストーリーもシンプルで分かりやすく、主人公の目的と倒すべき敵が明確なところも読者が取っつきやすいところです。
これ以上ないくらいに王道展開であり、ジャンプ漫画のキャッチフレーズ「努力・友情・勝利」をキッチリ踏襲する作品ながら、「ジャンプらしくない」という評価を得てしまうのはなぜでしょう?
理由の一つに絵柄があります。
ジャンプの歴代のヒット作品(ドラゴンボール、ワンピース、NARUTO、僕のヒーローアカデミア等)を仮に主流とするならば、独自路線と言えるのではないでしょうか。
かといって『ジョジョの奇妙な冒険』や『HUNTER×HUNTER』ほどトリッキーでクセがあるわけでもない。
個人的な意見になりますが、ダーク系ながらもサラッとした雰囲気が女性読者にも入り込みやすく、男性読者には若干物足りないような印象につながっているような気がします。
『鬼滅の刃』の面白さのポイントは"共感"と"感情移入のしやすさ"にあるのではないでしょうか。
登場キャラクターも魅力的で、ファンの間では「推しキャラ」などをめぐって話題は事欠きません。
物語の進行も非常にスピーディーに展開されるため、各エピソードの余韻に浸る間もないほどです。
分かりやすくツルっと読めてしまうという事は、ネーム※が上手という事に他なりません。
※ネームとはマンガの設計図のことをいう専門用語です。
創作家向けですが、くわしくはこちらの記事で解説しています。
また衣装などのデザインセンスも素晴らしく、大正ロマンをかきたてます。
主人公の竈門 炭治郎の着る市松模様の羽織や、鬼化した妹の禰豆子(ねずこ)の竹製の口枷など、一度見たら忘れられないビジュアルではないでしょうか。
主人公の炭治郎は、ジャンプに限らず「少年マンガ」の主人公の中でも珍しく"素直で優しくて真面目"なキャラクターではないかと思います。
大ヒットしたものに限らず、少年マンガの主人公は極端な性格の奴が多いです。
特に週刊少年ジャンプの場合は人気投票で人気がなければすぐに打ち切られるので、大抵の漫画家は極端なキャラ付けで目立とうとします。
それが常道、そうして作られるのが「主人公キャラ」と言ってしまえばそれまでなのですが、大人から見たら違和感があることも多いのではないかと。
たとえば『ワンピース』のルフィなどでも、読んでいて「は?」という行動に出ることもあるでしょう。
ジャンプ漫画ではないですが、『進撃の巨人』のエレンも「そこまでやるか…」みたいなところがあるでしょう。
登場人物がどれも魅力的に感じるのは、彼らの行動原理がシンプルで一貫しているからに他ならないでしょう。
それでいても、いわゆるテンプレ(類型的な)キャラ造形ではなく懐の深い人間味が描かれているのは、キャラクターが物語の世界観によく馴染んでいるからに他なりません。
次項では、そんなキャラクターたちの魅力を拙作『時空オカルト研究会』のメンバーたちが語ります。
『鬼滅の刃』推しキャラ談義
当項目では、ある程度『鬼滅の刃』に触れている方を想定しておりますので、未読の方やアニメ見視聴の方は飛ばして読まれることをおすすめします。
鬼滅の魅力的なキャラクターについて、異なる視点から語っていこうと思います。
鬼は饒舌に語り、鬼化した禰豆子(ねずこ)が喋らない創作上のヒミツ
『鬼滅の刃』の特徴として挙げられるのが鬼の饒舌ぶりです。
悪役に語らせるのはエンタメの定石ではありますが、鬼滅に登場する鬼はとにかく喋りまくります。
登場時から退場時まで、己の所業や無念の思いを語ります。
それが現代社会にも通じる社会の理不尽や暴力、貧困問題などを諷刺していたりするので作品に奥行きを与えているのですが。
禰豆子は作中ほとんど喋ることはありません。
炭治郎の妹でヒロインの禰豆子は鬼となって凶暴化しても、兄の言いつけを守って(?)人を傷つけることを必死でこらえています。
この時もうなり声は挙げますが、セリフを言う事はありません。
物語の序盤、人間を「家族」と認識し「家族を傷つける鬼を滅する」という暗示を受けますが、言葉ではなく表情や態度で示しています。
たとえば、鬼化した禰豆子に安易にセリフをしゃべらせてしまうと、途端に陳腐になってしまうのではないでしょうか。
あえて喋らせないことで健気な姿が強調され、読者の共感を呼ぶところではないでしょうか?
鬼であるはずなのに喋らないのには間違いなく作者の意図があり、後の展開からもそれに成功しています。
『鬼滅の刃』が「過大評価」と言われてしまう理由と、評価されない理由
個人的には『鬼滅の刃』を大変面白く読ませていただいております。
しかしながら、この作品は読み手側にある程度の「受け入れ態勢」ができていたり「キャラクターに感情移入」できていないと、作品の魅力をフルで体感することは難しいかも知れません。
大友克洋氏の名作で、マンガ界のみならずハリウッド映画にも影響を与えたとされるマンガ史の中では重要な作品です。
たとえ大友氏の絵柄に抵抗があったとしても、背景の描き込みや構図などのすごさは一目でわかるのではないでしょうか。
『鬼滅の刃』の場合、魅力的なキャラクターやテンポのいいストーリーなどは群を抜いているとはいえ、
パッと見た感じの画面のインパクトや戦闘シーンはそこまで派手ではないために、どうしてもレジェンド級のマンガ作品に比べると過小評価されてしまう傾向があるかと思います。
10年後『鬼滅の刃』がどのような評価を受けているか、まだ定まってはいません。
ちなみに私がおすすめする2010年代アニメベスト20については以下の記事にまとめました。
価値観は多様化しているので合う、合わないのは人それぞれなのは仕方がないことではあります。
バンドワゴン効果で加速度的に社会現象になったので「過大評価」という意見が生まれた?
バンドワゴン効果とは行動心理学の用語で、大勢の人が何か一つのモノを支持している場合、さらにより多くの人が同じモノを支持するという事例を言います。
「みんながハマっているから自分も!」
要するに流行っているモノには、みんなが乗っかってくるという現象です。
こうなると普段マンガやアニメに縁の遠い人まで『鬼滅の刃』が気になりだし、ハマる人がさらに多く見られたというのが実際のところでしょう。
ですので、当然合わなかったりする人も出るでしょう。
「過剰な人気」という意見を持つ人の大半が、バンドワゴン効果を「過大評価」としてとらえているのかもしれません。
もちろん人には好みというものがありますから、それは仕方がないことです。
鬼滅が苦手という人の中には独特の絵が苦手という人もいるかと思います。
話の内容が好みでない人もいるでしょう。
『鬼滅の刃』が面白くないと思ったからと言って非難されるべきものでもありません。
みんながみんなハマっているのが気持ち悪い、同調圧力みたいで嫌だという意見ならば理解できます。
流行りモノを自分はどうしても面白がれないのでモヤモヤする。
そういう気持ちもすごく分かります。
さすがに「鬼滅の刃はつまらない」とか…わざわざ「読んでない!」とアピールするのはどうかとおもいますが…。
ただ、社会現象になった他のマンガ作品と比較すると、社会現象にもなったヒットの理由が語りにくい点が挙げられます。
社会現象になったマンガ作品がなぜ流行したのかをザックリと考察
たとえば『ONE PIECE』(ワンピース)の場合「ジャンプらしい冒険バトルマンガの王道作品」として「こういう漫画が読みたかった」と多くの人に思われたこと。
当時を振り返ってみましょう。
ドラゴンボール、幽遊白書、スラムダンクの看板作品の連載終了から続いた95年~96年。ジャンプの発行部数は大きく落ち込みました。
この3作品が看板となって、00年代のジャンプは勢いを盛り返すのですが、この3作品が流行った理由は比較的語りやすいのではないかと思います。
ナルトのヒットは忍者という黒装束で暗いイメージの存在に、金髪とオレンジのジャージ姿というポップなイメージを付与したのがひとつ。
そして描線とパースの効いた背景などの画力もNARUTOの大きな魅力でした。
BLEACHは死神とスタイリッシュな絵柄とのマッチングの妙。
それでいて内容は王道と、いわゆる「ジャンプらしさ」はこれらの作品からも形成されています。
そして03年の『DEATH NOTE』(デスノート)
名前を書けば人を死に至らしめるノートを使い、理想の世界を作る夜神月と、彼を追う探偵Lとの頭脳戦を描いたクライムサスペンス漫画。
原作を担当した大場つぐみ氏による市民の社会に対する不満が上手く設定に落とし込まれた秀逸なアイデアを軸に、作画の小畑健による流麗な画面が特徴です。
ヒットの要因と言えば、01年に起きたアメリカの同時多発テロに端を発する一連の「テロとの戦い」が連日報道されていたこと。
ネットの普及で個人がより社会に影響を与えうるような時代の転機に当たったこと。
この二つの関連の中で、分かりやすいアイデアが読者の「腑に落ちた」ことがヒットの要因ではないかと分析します。
00年代を代表する作品と言えば『月刊少年ガンガン』で連載されていた『鋼の錬金術師』
少年マンガの王道でありながらダークな面を持っていたこと、そして緻密に作り込んだ世界観と「等価交換」というキーワードが世相にマッチしたことで時代のニーズをつかみました。
『けいおん!』のヒットはアニメだからと言って怒涛の展開は必要なく、女子高生の日常を緻密な作画で表現したことが「コレだ!」とアニメファンの心をつかんだこと。
※仕事がハードすぎる人にとって複雑な展開のマンガやアニメは疲れてしまい、ボーっと見てられるアニメの方が気楽に見られるという意見が挙げられました。
日常系アニメを含めた00年代アニメは以下の記事にまとめました。
10年代初頭に大ヒットした『進撃の巨人』は、不気味な巨人のインパクトと、コミュニケーションが全く機能しない強大で情け容赦ない敵との対決が絶望感が世相を反映していました。
ちょうど世界中で起きていた社会の分断化と、国際情勢が予測できない曲面に向かって行ったこととある程度リンクしたこともヒットの要因にあるでしょう。
これらの大ヒット作品と比べると、『鬼滅の刃』のヒットは大きな社会的な背景ではなく、もう少し個人の内面というか、キャラを応援しつつテンポのいい物語に引き込まれるところのように思えます。
もちろん以上は個人的な意見ではありますけれども。
名作マンガ「どろろ」との比較
ここでちょっと視点を変えて名作マンガ『どろろ』と『鬼滅の刃』を比較してみましょう。
『どろろ』は手塚治虫氏による1967年(昭和42年)~68年まで『週刊少年サンデー』で連載されましたが、陰鬱な物語から人気を得ることはできませんでした。
その後、秋田書店の『冒険王』に連載されましたが、こちらもきちんとした完結には至りませんでした。
しかし、一部のマニアや漫画家にはカルト的な人気と評価を得ています。
04年にはPS2でゲーム化もされ、07年には道家大輔氏による『どろろ梵』、18年にも士貴 智志氏による『どろろと百鬼丸伝』などのスピンオフ作品が発表されました。
19年にも再びアニメ化され、キャラクターデザインを『テガミバチ』で知られる漫画家の浅田弘幸氏が担当し、端正な百鬼丸として描かれました。
手塚治虫氏みずからが「失敗作」と称した作品が、後世にこのような展開を見せることもまた興味深いことではないでしょうか。
言うまでもありませんが、当記事は作品の優劣を比べるものではありません。
いずれも歴史に残る傑作だと認識しております。
連載中のクライマックスで社会現象を巻き起こした『鬼滅の刃』
一方、不本意に終わった『どろろ』は、クリエイターたちの心をつかみ何度もリメイクされ名作として語り継がれていった。
大きく時代を隔てたこの2作品を比較すると、それぞれの時代性が見えてくるのではないでしょうか。
まとめ
『鬼滅の刃』が大ヒットした理由と魅力を、自分なりの視点でまとめてみました。
やはり特筆すべきはアニメのクオリティが呼び水になったことは疑いがないことでしょう。
しかし、原作に力がなければ4000万部という圧倒的な数字を短期間で達成することは不可能だということ。
個人的な意見ですが、原作の魅力の最大のものは"共感"と"感情移入のしやすさ"ではないかと。
ここまで行動原理に共感できる主人公とヒロインは少年マンガの中では珍しいのではないかと思います。
物語の構造もシンプルかつ明確で分かりやすく、テンポよく話が進むので一気に読めるという点もポイントでしょう。
キャラクターたちの多彩さと魅力は言わずもがなです。
それゆえに女性読者もスッと入っていけたような間口の広さも、鬼滅の持ち味です。
アニメ1期の終了時で18巻という、全巻一気買いが比較的容易な巻数であったことも爆発的な普及に付与したのかもしれません。
オリコン週間“本”ランキング1位〜10位独占は、もし鬼滅の既巻が30巻以上だったら達成できなかったかもしれません。
つらつらと書いてきましたが、当記事を読んだ方に得るところがあれば幸いです。