スクールカーストとは、学級という狭い社会の中で生きる生徒たちの間で、それとなく決まる生徒間の待遇差のことです。
生きやすいグループとそうでないグループの格差を、カースト制という古代インドの身分制度になぞらえて言語化されたものです。
本格的に学校(スクール)カーストという言葉が定着したのは2000年代以降ではないでしょうか。
しかし、スクールカーストという概念が現れる以前からも学生間の格差は存在していました。
この記事では生徒間格差の歴史を振り返り、「スクールカースト」の成立までの経緯を考察します。
また「キャラ的コミュニケーション」という、共同体の中での役割を類型的に分類し、キャラクター風に当てはめた人間関係の類型化があります。
キャラの確立=集団内でのポジション、立ち位置の確立になります。
この概念の完成にいたるまでの経緯を考察していきます。
こんな方におすすめ
- 学校生活が息苦しく感じる方に
- 昭和・平成における生徒間格差の経緯を知りたい方に
- 「キャラ的コミュニケーション」って何? という方に
スクールカーストの歴史
戦前も含めて日本の教育史上に「学校内の序列」はあったのか、なかったのか。
気になるところですが、いかんせん「スクールカースト」という概念がない以上、資料を探すのは至難の業です。
また、年配の方にリサーチするにしても、そもそも彼らの多くは「スクールカースト」という言葉は知らないでしょう。
そこで3つのキーワードから補助線を引いて分析してみることにしました。
ガキ大将(リーダー格のキャラクター)生徒会長、番長、スケ番含む
えこひいき(教師やリーダー格に過剰に面倒を見てもらえるグループ)
みそっかす(いじめられっ子なども含む)
このような枠内で学校生活が回っていたのではないでしょうか。
現在とは違い、父親の社会的地位や財産の多寡など、あからさまな職業差別もあった時代でもあります。
ここからは各年代ごとのスクールカーストの特徴と、メディアからの影響をザックリと見ていきます。
70年代の文化を振り返る
70年代はいわゆる60年代から続いた安保闘争が一段落した時代です。
同時に日本でも本格的に若者文化が広く根付いた時代でもあります。
空前のフォーク歌謡ブームをはじめとして、ファッション、演劇、マンガ等で同年代の若者が新しい文化を発信していきます。
もちろん、この流れはビートルズ登場以降の60年代から続いていましたが、その影響力は先鋭的な若者に限られていたのではないでしょうか。
それが70年代で若者文化は地方にも決定的に根付いたと言えるのではないでしょうか。
若者が情報の発信者となり、若者が消費者となる時代の幕開けと言ってもいいと思います。
合わせて読みたいオカルトブームを振り返る 70年代~90年代編
70年代はスクールカーストはなかったのか?
70年代中頃より80年代初頭にかけて、学校内暴力が吹き荒れた時代でもあります。
なぜ、そうなったのかを一言で語るのは難しいですが…
戦後(出征経験のない)世代が親世代の中心になったこと。
高度経済成長の半面、60年代安保での学生間に広まった挫折感、冷戦下での核戦争の恐怖や公害問題、オイルショック等、繁栄の一方で増大する社会不安…
このような矛盾した世相が、学校内暴力の風潮を作った遠因ではないかと推測します。
校内暴力の嵐が吹き荒れた原因については今後、掘り下げていきます。
校内暴力が吹き荒れた70年代後半から80年代にかけては、当然クラスの主流派は不良たちにあったと思われます。
もちろん地域や学校ごとに校内暴力の過激度には差があったでしょう。
当時でも健全な校風の学校はあったはずです。
ただ、70年代末を示すキーワードに校内暴力が挙げられている以上は、学校内で影響力が強かったのは不良だったと言わざるを得ません。
80年代のスクールカーストの特徴
80年代の運動部系スクールカーストの頂点にあったのは野球でしょう。
82年の荒木大輔「大ちゃんフィーバー」から、83年~86年までPL学園のKKコンビの活躍は、マスコミを通じて長く語り継がれる「伝説」となりました。
テレビ番組では、のちにビッグ3と言われるビートたけし、明石家さんま、タモリが台頭した時代です。
フジテレビ系列のバラエティ番組「オレたちひょうきん族」は中高生の話題をほぼ独占しました。
これに加え、とんねるずの登場と、共演タレントやスタッフも巻き込んだ「いじり」は、キャラ的コミュニケーションの走りともみることができます。
当時の若者たちは、これらの空気を敏感に感じ取って、クラス内の雰囲気を作っていました。
90年代のスクールカーストの特徴
90年代では、Jポップ全盛期、ダウンタウン等のお笑い芸人によるバラエティ番組が学校の話題の中心となりました。
キャラ的コミュニケーションの完成
平成のお笑いを語る上で、避けては通れないのが、お笑いコンビ『ダウンタウン』の影響です。
彼らがお笑い界に起こした「革命」と、キャラ的コミュニケーション用語は当時の中高生たちに圧倒的な影響を与えました。
一例をあげると、
「ドヤ顔」
「空気を読む」
「ドン引き」
「逆ギレ」
これらの言葉は定着し、現在でも日本中の学校で使われていることでしょう。
ダウンタウンが提示して見せた「笑わせる技術」の特権化は、学校カーストに多大な影響を与えました。
80年代前半までの牧歌的な「ひょうきん者」の立ち位置が崩れ、「いじり芸」「高圧的なお笑い=この笑いが分かんなきゃダサい」という価値観に変わりました。
お笑い芸人たちが自身のキャラをハッキリと打ち出して他の芸人やタレントと絡むスタイルです。
これが、そのまま学校内での立ち位置やキャラ付けなどにも応用されました。
それまではぼんやりと存在していた「キャラ的コミュニケーション」が、この時代にハッキリと明確化された瞬間でもあります。
これが00年代になってさらに加速します。
00年代のスクールカーストの特徴
00年代になると、スクールカーストという言葉自体が学生の間でも認識されるようになり、話題にもなりました。
00年代の学校カーストで、避けては通れないのが情報格差とクラスター化です。
インターネットは当時でも一部のマニアだけのものではありませんでしたが、利用者層の分断化は加速しています。
たとえば『2ちゃんねる』等のネット掲示板を主に利用する層と『爆サイ』を主に利用する層は異なっていたと思われます。
中にはウォッチするために『爆サイ』をチェックする者もいたかと思われますが…
これに対し、カースト上位のコミュニケーションの話題はまだテレビや現実で起こったことが主軸でした。
00年代は(08年のリーマンショック以降)いわゆる「ひな壇バラエティ番組」が濫立した時代でもあります。
もちろん、ボカロ等ネット発の文化もカースト上位の耳に触れましたが、この時代のネットコンテンツの主軸は下位の作成したものだったと言えるでしょう。
10年代のスクールカースト
10年代の特徴としては爆発的に普及したスマートフォンの影響は避けては通れません。
気軽に持ち歩ける情報端末によって、インターネットはきわめて身近なものになりました。
また、写真はもちろん、動画などの撮影からネットに投稿するまでの流れが、スマホ一台で可能になりました。
これに伴い、ツイッターやLINEなどのSNS、インスタグラムなどによる学校内のコミュニケーションも一変しました。
彼らは顔出しにもそれほど抵抗はなく、学校生活などをネットに投稿します。
時には度が過ぎて炎上騒ぎになり、ニュースで取り上げられるほどの事態となります。
まとめ
いかがでしたか。
実はこの記事は『スクールカースト 1軍・2軍・3軍 特徴と対策を全軍経験者が分析』から分離させた記事になります。
まだ掘り下げの足りない段階ではありますので、今後に渡り加筆・修正をして本記事の中身を高めたいと思います。