漢と書いて(おとこ)と読む。
マンガやアニメ、テレビゲーム等のサブカルチャーが好きな人なら一度は目にした言葉でしょう。
強くて男気がある、だけではなく大胆さと潔さを兼ね備えた好漢(こうかん)に与えられる称号=誉め言葉です。
ですが、あまりにも無茶をする人を揶揄する意味でも使われる場合があります。
常用漢字表には「おとこと読む」とは載っていませんが、好漢や痴漢など「漢」と書いて男性を差す意味では使われています。
基本的は男性に対して使われますが、近年では男勝りの女性を漢女(おとめ)と呼ぶ文化もあります。
当記事では主にフィクションの世界で、この言葉が使われるようになった経緯と、代表的な作品を年代別に紹介していきます。
草食系男子が主流の令和の時代に、あえて漢(おとこ)の世界を考察するのも一興でありましょう。
なお、当記事はマンガやアニメで描かれた漢(おとこ)について時代と共に移り変わった美学や価値観を考察する内容を書いています。
「あの時代は、こんなキャラの行動がカッコいいとされてたんだね~」
性差別を助長する意図は全くありません。
ジェンダー的な公平性に過敏に反応される方は、不快に思われる内容もあるかと思いますので、どうか読まないでください。
漢(おとこ)という表記のルーツと定着した経緯
漢とルビを振る。
日本で最古の記述は吉川英治の小説『宮本武蔵』と言われています。
ネットの情報なので、これ以前のものもあるかもしれません。
若者の間で、この言葉が知られるようになったのは、宮下あきらの『魁!! 男塾』がキッカケです。
85年〜91年まで週刊少年ジャンプに連載されたギャグ硬派バトルマンガです。
そしてもう一つ、決定打となった作品が『花の慶次 -雲のかなたに-』です。
こちらは90年〜93年に同誌に連載されていました。
戦国時代きっての傾奇者(かぶきもの)前田慶次郎 利益の自由奔放な生き様を描いた作品です。
原案は隆 慶一郎の歴史小説で、『北斗の拳』で有名な原 哲夫がマンガ化しました。
「男塾」と「花の慶次」
両作品に共通するのは、暑苦しいほどに描き込まれた描線と、男気あふれるキャラクターの活躍です。
この二つのマンガ作品は、名(迷)シーンも多く、リアルタイムでも数多くのパロディが行われました。
また、パロディには当たらないレベルでも、男気あふれるキャラクターを「漢」と表記するマンガやテレビゲームが以降急増しました。
その後00年代に至るネット普及期においても、様々な形で多くのネットユーザーに引用されて現在に至ります。
では、なぜ少年読者は男気あふれるキャラクターに魅せられたのか、当時の「カッコ良さ」の基準について掘り下げてみましょう。
漢の4大特徴『男気』『潔さ』『筋肉』『精神的に大人』
男気とは、犠牲を払ってでも人のために何かをする気持ちのことです。
ボランティア精神とは違い、少し荒っぽい義侠心(ぎきょうしん)というニュアンスも含みます。
負けると分かっている戦いでも、決してひるまない勇気があること。
これは日本人のみならず、世界的に「カッコいい」とされる価値観で、戦士やサムライの美学にも通じる精神性もあります。
弱気を助け、強きをくじく。
アウトローの美学全般も内包しており、古代中国では侠客(きょうかく)、清水の次郎長や国定忠治などの親分気質にも通じる価値観です。
「潔さ」とは、封建時代に「美徳」とされた価値観で、課せられた責務を堂々と受け入れる姿勢のこと差します。
今でも「潔く責任を取る」ことは男女を問わず「良し」とする風潮は残っています。
言い訳したり、誰かに罪をなすりつけたりしないで、堂々と受け入れる潔さ。
こうして考えてみると漢とは、近代以前の価値観を持つ人と言えるでしょう。
合理主義や人道主義とは毛色の異なる「美学」を持つ人たちです。
『男気』と『潔さ』は、近代以降もバンカラや体育会系文化に受け継がれていきました。
しかし「男気」と「潔さ」だけでは決して漢とは呼ばれません。
漢かそうでないかの認識は、個人の主観によって異なる部分はあります。
例としてマンガ『ワンピース』の主人公「麦わらのルフィ」を挙げます。
男気と潔さを兼ね備えたキャラクターですが、個人的には漢かどうかは微妙だと思っています。
たぶん体の線が細く、絵がポップなのが原因なのかもしれません。
原作:稲垣 理一郎 作画:Boichi による『Dr.STONE』などは、主要人物のほとんどが男気溢れるキャラクターなのは興味深いところです。
松本零士のマンガの宇宙海賊「キャプテン・ハーロック」は細身ですが漢と呼んでも異論はなさそうです。
やはり、外見上のいかつさや筋肉がないと、漢とは呼ばれないのではないのでしょうか。
そして、大人でないと漢とは呼べない気もします。
70年代〜90年代の大人キャラについては以下の記事を参照ください。
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この記事は大人について、マンガ描きの考察 ...
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次項では、80年代に全盛期を迎えた筋肉キャラについて考察します。
80年代の人気キャラは筋肉モリモリが主流だった
それ以前(〜70年代)も、少年たちは男気あふれるキャラクターに夢中でしたが、80年代になると極端な変化が起こります。
少年マンガの主人公が、筋肉モリモリになったのです。
特に週刊少年ジャンプで連載されていた作品で顕著でした。
代表的なマンガ作品として『キン肉マン』『北斗の拳』『JOJOの奇妙な冒険』が挙げられるでしょう。
週刊少年マガジンが得意とした劇画調の漫画でも『明王伝レイ』『おがみ松五郎』『スーパードクターK』が挙げられます。
青年誌などでも軒並みマッチョ系主人公が目立っていました。
『ベルセルク』のガッツなどがその代表でしょう。
さすがにポップな絵柄とラブコメが得意な週刊少年サンデーとマッチョは相性が悪かったので例を挙げにくいですが…。
高校相撲をモチーフにした『うっちゃれ五所瓦』を挙げておきましょう。
この時代に一大ムーブメントを起こした「ヒャッハー!」についてはこちらの記事をご覧ください。
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この背景には、80年代ハリウッド映画の影響があります。
アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローンのような筋肉モリモリな男性ヒーローが一世を風靡したのです。
70年代のチャールズ・ブロンソンやクリント・イーストウッド、ブルース・リーたちのアクションスターと比べても、80年代は極端な体格ではないでしょうか。
このような肉体派スターが大人気だったこともあり、流行をいち早く取り入れる少年マンガの世界でも筋肉ムキムキのヒーローは主流派でした。
70~80年代の政治的・経済的な時代背景からマッチョスターの流行を考察する(小難しいので飛ばしてOK)
なぜ、このような風潮になったのでしょう。
まず、こうなる前の70年代の時代背景を解説します。
アメリカに限らず70年代は、世界的に経済が停滞していた時代でした。
60年代に泥沼化したベトナム戦争の深い傷跡も癒えてはいませんでした。
この影響はハリウッド映画にも顕著に見られ、アメリカン・ニューシネマと呼ばれる映画に影を落としています。
60年代〜70年代は若者文化の興隆期ですが、その表現には重く苦しいものがありました。
80年代のハリウッド映画の主流になるのが、派手なアクションと単純明快なストーリー。
ジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグに加え、ジェームズ・キャメロンやロバート・ゼメキス等によるヒット作が世界中を席巻しました。
彼らは別段、肉体派の役者は起用しませんでしたが(キャメロンのターミネーターは例外とします)娯楽に徹する演出姿勢は若年層の男子の心をわしづかみにしました。
ハリウッド以外でも香港のジャッキー・チェンや、豪の『マッドマックス』シリーズに心を躍らせた少年たちは多いかと思います。
80年代は娯楽に痛快さが戻った時代と言えるでしょう。
同時に武器を取り、戦う女性たちがスクリーンに登場した時代でもあります。
女戦士のような勇ましいヒロインと並び立つ絵づくりのためにも、屈強なヒーローが求められたと言えるかもしれません。
そういった意味で、シュワルツェネッガーは80年代を象徴するスターと言えるかもしれません。
女性の視点で見たら、『フットルース』や『セント・エレモス・ファイヤー』等、全く異なる世界が見えるはずです。
90年代〜10年代までの漢キャラを語る
90年代は先に述べた『花の慶次』により、漢という概念は全国の少年(少女)に植え付けられました。
この頃になると、オタクたちは過去作にさかのぼって「あのキャラは漢だ」とか言っていました。
顔のいかつさと強い信念から『スラムダンク』のゴリこと赤木キャプテンも漢と呼べるでしょう。
漢と言っても「魅力的な大人キャラ」との線引きが難しいキャラクターもいます。
たとえば『シティーハンター』の冴羽 獠(さえば りょう)などは、漢の三条件を満たしてはいますが、人によっては異論もあるところです。
しかし90年代中頃になると、筋肉モリモリの主人公は少年マンガやテレビゲームの舞台から姿を消します。
その代わりに主流になったのが、大きな武器を持ったイケメン主人公です。
代表的なのが、『FINALFANTASYⅦ』のクラウドでしょう。
小柄の優男が伝説の剣豪だという設定の『るろうに剣心』も、90年代半ばを代表するキャラクターです。
『トライガン』のヴァッシュも、このグループに含めていいのかもしれません。
彼らは決して、漢とは呼ばれないでしょう。
その代わりと言っては何ですが、この年代のマンガやアニメ、ゲーム等を見ていると、主人公チームの一員や強敵役に武人タイプが登場することが多かったです。
代表的なのが、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』の獣王クロコダインでしょうか。
00年代になってくると、話はまた変わってきます。
登場人物が女性ばかりだったり、脇役キャラにも線の細いイケメンを配置したり、漢キャラが急速にすたれていきます。
もちろん完全にすたれたわけではなく、いるところにはいるのが漢キャラです。
ちなみに00年代〜10年代の大人キャラについては以下の記事を参照ください。
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こんな方におすすめ 主にマンガ・アニメで ...
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『天元突破グレンラガン』の兄貴ことカミナやキタンなど、濃い漢キャラはたくさん登場しています。
『七つの大罪』の主人公メリオダスは少年のような外見ですが、中身は完全に漢のキャラと言って良いでしょう。
『俺物語』の剛田猛男は、少女漫画のヒロインの想い人とは思えないほどの豪傑漢です。
『ワンパンマン』のサイタマも漢と言って良いでしょう。
『キングダム』に関しては、古代中国を舞台にしている点と絵柄の雰囲気から、正統派の漢マンガと言えるでしょう。
皮肉なことに、彼らの国は秦ですが…。
漢女(おとめ)の登場
ただ、この頃になると性別は女性でも「漢」と呼んでも差し支えないような女傑キャラが登場しています。
いわゆる漢女(おとめ)です
『鋼の錬金術師』のオリビエ・ミラ・アームストロング姉さんやイズミさんなどが代表です。
思わず「さん」をつけてしまうような、強烈な印象を残しています。
ゲーム/アニメの『ダンガンロンパ』に登場する大神さくらなどは、まるで80年代の筋肉ムキムキ主人公のような外見ですが女性です。
女性でありながら「ジョジョ三大兄貴」の一角をになうエルメェス・コステロも漢女です。
エルメェスは義理堅い性格や、言動や行動が実に漢らしく、ジョジョ第6部「ストーン・オーシャン」を一度でも読んだ人ならば、兄貴の称号に異論はないはずです。
この流れの中で、オカマキャラについても語っておくべきかもしれません。
彼(彼女)たちオカマキャラのほとんどが、心意気(男気)があり、冷静(潔さ)であり、物理的にも強い(筋肉)という、漢キャラの三原則を持っています。
創作物とはいえ、心は乙女のキャラに漢の称号を与えるのは失礼かもしれません。
…ですが、頼れる存在として様々な物語で大活躍しているオカマキャラを見ると大いに胸のすく思いです。
余談・三国志は漢キャラの見本市
おそらく偶然でしょうが、90年代の前半から『三国志』ブームが起こります。
三国志とポップカルチャーについてはこちらの記事を参照ください。
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三国志が日本のポップカルチャーに与えた影響
『三国志』とは ざっくり説明 ときは二世 ...
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三国志の関羽は、まさに漢の見本のようなキャラクターです。
基本的に漢と呼ばれるのは武骨な武人タイプであり、基本的に軍師やイケメンは漢として認識されません。
魏では張遼や徐晃、典韋、龐徳(ホウトク)などが漢と呼んでいいでしょう。
呉は黄蓋や甘寧、淩統でしょうか。孫策もまあ漢でしょうか。
軍師タイプでも呂蒙はかつて武一辺倒だったので漢としてカウントされます。
イケメン軍師とされる周瑜や陸遜、魯粛などは漢としては認識されないでしょう。
蜀では、猛将張飛や老将黄忠、馬超あたりは漢にカウントされますが、趙雲の扱いは微妙です。
主君の劉備に「全身が肝っ玉のようだ」と称された豪胆さと忠誠心と冷静さは文句ない漢でしょう。
ですが、創作で描かれる姿が線の細いイケメン過ぎるので漢の称号が似合わないのが気の毒です。
個人的には、趙雲子龍は関羽よりも遥かに名将だし漢だとも思いますけれどね。
難しいのは三国志最強武将の呼び声の高い呂布でしょう。
美女貂蝉をめぐり何度も主君を裏切っていますが、彼の場合、作品によってキャラ付けがまちまちなので何とも言えません。
信念がなければ、漢の称号はふさわしくないでしょう。
まとめ
「男塾」によって提示され、「花の慶次」によって定着した漢というキーワードですが、掘り下げてみると興味深いものがありました。
漢キャラの条件は『男気』『潔さ』『筋肉』と定義してみましたが、ここで挙げきれなかった漢キャラはたくさんいます。
ガンダム漢キャラ等もまとめてみたら面白いのかもしれませんね。
例として挙げるならランバ・ラル、スレッガー・ロウ、アナベル・ガトーあたりでしょうか。
あと『キングダム』も忘れてはいけませんね。
最後までよんでいただきありがとうございました/speech_bubble]